親子という病 (講談社現代新書)産んでくれてありがとう育ててくれてありがとうそんな家族愛を歌う音楽が多く見られ音楽以外でもそういった物言いが目立つ。しかしその一方で親が子をコロしたり子が親をコロしたりといった家族の暗い姿がある。一体どちらが現代の家族の本当の姿なのだろうか、というのが著者が前書きで書いた問題意識だ。著者は前書きの問題意識からどう展開させていくのか。結論から言えば著者によれば親子関係とは全て病であり健全な親子関係など存在しない。しかもそれは治療不可能であり予防のワクチンもない。(159頁)…親をコロす子、子を殺す親、こういう関係が病的なのは分かるとして、何故親を愛し、子を愛す関係も病的なのか。それは子がいつまでも親を愛す事を著者が「依存」と見なし親がいつまでも子を愛し、親であろうとする事を「支配」と見なすからであるようだ。
治療は不可能と言いつつ、それではさすがに、という事で著者は最後に「まだできること」として処方箋をいくつか挙げている。それは一言で言えば子供に対しては「親から独立せよ」「親に依存するな」というものであり経済力孤独力を高めてとっとと実家を出ろ、というものに近い。親に対しては「放って置いても子供は独立しない」という事と、「子供は意外と親思い」だという事、それを知っておくように、と言われる。
全体的には半信半疑。私は大昔から今の今まで家族とは関係が非常に悪く親子が病たりうる(いや著者によれば親子は病でしかありえないのだが)事は幸福な人よりは強く認識しているつもりだ。それでも少々半信半疑、まぁ通読はしたが軽く忘れるかなという内容。特に「ん?」と思ったのは著者が、家族が病である事が言われないのは、右派の人によって都合がいいからだという論調が堂々となされる部分。(150頁付近)若者達の家族ブームは国の利害と一致しているとされ「外国が攻めてきても貴方の家族を守れるために軍隊が必要」という改憲論が説得力を持つためには家族が必要なので、だから家族愛を謳う事は改憲論に与していると言われる。また死刑に関しても同じ事が言われ、家族が病として認識されると存置派にとって不都合なのだという事が言われる。先に言っておくが私は右派ではない。右派でないが、これは過剰に政治的イデオロギー的バイアスがかかりすぎた曲解かな、イチャモンかな、という印象は受けざるを得ない。無論、家族愛などが政治的に利用されるという事はある。それはろくでもない事とも言える。だが著者はどうか。家族愛なんて謳う奴は、家族の事を音楽にして家族ブームを煽ってる奴は改憲や死刑存置に協力してるんだよとでも言いたげな著者の物言いは、また別方面に家族を政治利用するものでもある。
まぁ著者も恐らく右傾化気味の世の中に危機感を抱いており、危機感を抱きすぎているから多少無茶な事も言ってしまい、様々な方面から右批判の材料を引っ張り出そうとしてしまうのだろう。そういう意味では本書は非常に政治的なものであると思った。
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